2026年8月14日、「MVV Maastricht Cup」の開催に先立ち、ヨーロッパ在住の日本人ビジネスパーソンを対象とした「ビジネスカンファレンス2026」が開催された。

会場には約30名が集まり、スポーツビジネスや海外事業、人材育成をテーマに活発な意見交換が行われた。

全4回でお届けするカンファレンスレポート。第2回は、ビジャレアルCF フットボールマネジメント部・佐伯夕利子氏による講演「ビジャレアルに学ぶ、ビジネスパーソンの『育てる技術』」を紹介する。

 

出島フットボールカンファレンス2026アフタームービー

 

初稿執筆:沖田瑛大(出島フットボール インターン)

編集:出島フットボール

記事:2026年10月25日


――組織を変えるのはリーダーの在り方

「今回の講演では、主催者である出島フットボールから、フットボールの競技面からはあえてフォーカスを外して、『ビジネス』をキーワードとする内容での講演を依頼されました。多くの講演依頼を頂く中で、フットボール指導者層が対象となることも多いですが、本日はビジネスパーソンを対象としたお話にさせて頂きます。

ビジネスにおける営利企業でも、フットボールにおけるクラブチームでも、どのような組織であれリーダーが全てだと私は思っています。スポーツの現場で起きていることには、一般企業、団体・組織、そして大人同士の人間関係にも多くの課題が共通しています」

「私はスペインのフットボールとの関係性ができてかなり長い時間を過ごしておりますが、実は日本との直接的な関わりを持つようになったのは皆さんが想像する以上に最近です。村井さんがJリーグでチェアマンを務められていた間に、2018年にJリーグ特任理事、2020年に常勤理事に就任したことがその直接的な関わりのスタートでした。その中で、日本のスポーツ現場に残るハラスメントの深刻さを痛感させられた次第です。組織の文化や、そこで人がどう扱われるかは、リーダーの在り方と無関係ではありません」

 

――人口5万人の街から、世界へ伝わるフットボールの力

「ビジャレアルは地中海から少し内陸に入った、人口約5万人の小さな町です。かつては柑橘類、続いてセラミックタイルが地域産業を支え、今ではスポーツが第3の産業の柱になったと市長をはじめ、みなが言います。マドリードやバルセロナなどの観光地への動線に立地している訳でもなく、人々が偶然何かのきっかけで立ち寄るような場所ではありません。従って、『やらなければいけない努力』を続けることで人を引き寄せる。そして、Villarreal CFというクラブの存在によって街の名が世界に広まった。私はこれを『フットボールの伝播力』と呼んでいます。

Villarreal CFには男女や障害の有無を問わず約800人の選手、約120人の指導者が所属し、約45のカテゴリー・チームが存在します。日常の中心は、トップチームが試合をするスタジアムではなく、練習用ピッチ10面や選手寮、事務オフィスを擁するこのビジャレアルという町そのもの。町とクラブそのものが一つのコミュニティであり、社会の縮図なのです」

 

――輝かしい実績の陰にある、育成の厳しい現実と引退後の暗転

「スペインでサッカーをする男子の全競技人口のうち、ラ・リーガ1部・2部でプロ契約選手になれるのは、わずか0.038%。1万人のうち3~4人しかプロ契約が出来ない、ということです。Villarreal CFは数年前にもU-19の国内2冠を達成した、いわばユース世代の人材輩出拠点と言えますが、それでも当クラブの全アカデミー所属選手の中で後にプロになったのは約5%にすぎません。つまり、『約95%はプロサッカー選手になれない』という厳しい現実です。

さらに、もう一つ厳しい現実をお伝えすると、トップ選手としてミリオン・プレーヤーとなり巨額の収入を得ても、引退後5年以内に自己破産する人が60%に上るとの数字もあります。これらの数字は今日の講演で紹介する一番重要な問題であり出発点となりますが、華やかな競技成績や現役時代の収入だけを見て、選手のその後の人生を見過ごしてはいけない。私たち大人には、その責任があるのです」

 

――2014年の大改革。「育成」「勝つ」をゼロから問い直す

「プロ契約選手になれない95%の若者の将来にどのように責任を持つのか。そしてプロ契約選手となった5%の引退後の人生をどう幸福にするのか。この非常に難しい問題について、Villarrealは一クラブの枠を超えた『指導の大改革』に踏み切りました。それまでの私たちは先人のやり方を、なぜそうするのかを考えず『なんとなく』模倣してきた。その習慣を断ち切るため、クラブに所属する約120人のコーチが最初の3年間、徹底して議論したのです。『選手とは何か』『育てるとは何か』『勝つとは何か』。当たり前に使う言葉を一つずつ分解し、再定義しました。

クラブの会長が指導者に求めることは、各カテゴリーでの優勝やトップチームへの輩出人数を増やすことではなく、目の前の子どもの人生に『良い影響を与える存在である』ということ。アカデミーダイレクターの要求も『常に学び続けろ』というものでした。勝敗という短期的な結果より、指導者自身の人間性と学び続ける姿勢が問われることになったのです」

 

――「育成」は完成品をつくることではなく、成長のプロセスを支えること

「議論の末に辿り着いた一つの答えが、『育成はプロセスである』ということでした。それぞれの選手は、その人の長い人生における一時点にいる。コーチは完成品をつくるのではなく、成長の過程を支援し、伴走する存在です。

私たちが求める『いい選手』も、単にプレーが上手な選手ではありません。競技を理解し、自ら解釈し、判断して選択できること。ピッチの外でも主体性を持ち、自立していること。例えば選手寮を原則18歳で退去することになるため、その前に、食事や睡眠、洗濯など自分の生活を自らの力で整えられるようにしなければいけません。

そして一人ひとりの選手は、学生であり、誰かの友人であり、家族の一員であり、社会の構成員であるなど、多様な顔を持ちます。フットボール選手である前に、一人の人間である、ということ。プロにならない95%の人生も視野に入れ、学業や次のキャリア、社会性、挫折と向き合う力まで含めて総合的に関わる。指導者たちの中からは『10年後の彼らの姿に責任を持つ』という言葉が自然に生まれました」

 

――指導者こそ、自分の無意識を直視する

「改革を進める中で、『君たちはパソコンの画面ばかり見ているのではないか? 一日24時間という限定的なリソースの中で、割くべき時間・向き合うべき相手は人ではないか』と問われました。選手はホワイトボード上のマグネットでも駒でもありません。体温、感情、意志を持つ一人の人間です。

そこで、練習や試合、ミーティングにおいて、『選手をどう指導するか』ではなく、先ずは『指導者自身がどう選手に向き合っているか』にフォーカスを当てました。自分自身に矢印を向けたのです。

実際に、カメラを自分達に向けて、ピンマイクも付けて指導の様子を全て録画・録音するという客観視の機会を持ちました。そして、毎週指導者同士で『学びの会』を開催し、映像を見せ合って、選手一人一人に対してそれぞれの指導者がどのような声の調子・表情で語りかけているか、それに対する選手の反応はどうかを、お互いに率直に指摘・フィードバックする。自分では優しく伝えたつもりでも、相手を萎縮させていたことに気づく。指導者もまた学習する必要があったのです。自分の指導する姿を客観視することはとても辛く大変な作業でしたが、徹底的に自分の『無意識のパフォーマンス』を可視化して己を知る。なんとなく無意識に行ってきた行動を意図的・意志的に行うことができる『コンシャス・コーチ』という言葉も私たちの中で生まれました。コーチとして完璧であることより、『今の言い方は良くなかった』と自省すること、次の言動に活かせることが重要なのです」

 

――指導者の仕事は「学習機会」をデザインすること

「勝ち・負け・引き分けは、様々な要因から生まれる試合の結果であり、完全なコントロールは不可能です。では指導者が自分の意志でコントロールでき、提供できるものは何か。それは選手が学ぶための機会を創り、設計することです。指導者自身もまた、選手にとっての『学習の源泉』です。

従来はクラブのサッカースタイルを徹底して反復させていました。しかし、一つのやり方しか知らなければ、別のクラブに移ったときに適応できないかもしれない。だから多様な学習機会を提供する。小学生年代では同じ年代の選手とコーチを連続して組ませることを避け、良い成績を残したコーチであっても、あえて別の学年へ配置することも当然あります。

今回のMVV Maastricht Cup(編集部註:ビジネスカンファレンスの翌日・翌々日に並行して開催した国際ユース大会)への参加を決めた理由の一つは、ユース世代の選手たちに異なる国・相手・環境・フットボールに触れる機会を提供できるからです。選手のためになる『異質』な経験こそ、私たちが提供したい学習機会なのです」

 

――「チーム」を主語にする前に、一人ひとりを見る

「かつて私たちは何かというと『チームのため』『チームは』と語っていました。でも先発11人が発表された直後、先発を外れた子が監督の戦術説明を同じ気持ちで聞けるでしょうか。22人には22人の異なる感情があります。そこで、私たちは『チーム』という主語を一人ひとりの『選手』に置き換え、集団への一方的なアプローチを減らして、一対一の対話を増やしました。

若き日のアレックス・バエナ(Villarreal CF出身。2026年W杯スペイン代表)が当クラブのユースに所属していた時にも、コーチは短い問いを繰り返し繰り返し投げかけ、本人が自分の言葉で説明する時間を意図的に作っていました。答えを先回りして与えるのではなく、本人が思考を整理できる余白を用意する。指導者が選手一人ひとりに正面から向き合うようになって、選手達の表情が大きく変わっていったことを実感しました」

 

――権威を手放し、命令から対話・合意形成へ

「そもそもフットボール界において、監督は『ミスター』と呼ばれ、誰も異論を言えない、アンタッチャブルな存在です。私自身が監督の立場に就いた際も、そうした空気を作っていたことを認めざるを得ません。Villarreal CFでそのヒエラルキーを問い直す小さな実践の一つが、会議室の四角い机を円卓に変えることでした。『こちら側』『あちら側』がなくなると、コーチも選手も意見を出すようになりました。

現場の言葉も、命令・指示からリクエストと対話へ、決めつけから問いかけや交渉へ、そして一方通行から合意形成へと変わっていきました。そのためには自分の権威を手放し、相手が発言する時間や心理的な余白を尊重する必要があります。

そのことを指導者が客観視するために、心理士(編集部註:Villarreal CFでは指導の現場にスポーツ心理士が配置されている)が、『各指導者がどの選手に何回声をかけたか』、『会話は肯定的であったか、否定的であったか』『その回数は何回あったか』まで記録し、フィードバックをくれました。その中で、ある指導者が1日の中で一度も声をかけていない選手が数名存在する、ということが浮き彫りになりました。苦手な相手、興味が薄い相手を無意識に避けていたのです。会話自体が選手にとっての学習機会である以上、選手ごとに会話の濃淡があること、更には全く関わらないことすら起きていることは見過ごせない事実でした」

 

――ルールで縛るのではなく、フットボールを「ヒューマナイズ」する

「若い頃の私は、チームのルールに従わない選手にペナルティーを与える方向で更生しようとすることもありました。しかし心理士に『ピューニティブ(罰則的)なやり方以外で、選手を正しい方向に導くことは考えられないか』と問われ、別のマネジメントの可能性を意識させられました。出場メンバーから3試合外れた選手を、同情だけで次の試合に出すわけではありません。それでも遠征バスで隣に座り、気持ちを聞くことはできるし、会話をすることはできます。

私たちはこれをフットボールの『ヒューマナイズ(人間化)』と呼びます。監督としての『権威』を手放すと、選手やスタッフがそれまで見せなかった個性や意見を表し始める『個の開放』が起こりました。『ただ受動的に稼働するチーム』と『能動的に機能するチーム』は違う。日程どおり練習し、試合をこなすだけではなく、一人ひとりの成長を支援することを通じて、初めて組織は機能するのだと思います。改革は12年経った今も完成していません。問い、試し、学び続けることで進化を続けています。今もなお成長の途中。手探りで模索しながら自分達で議論し、徹底的にやってみることの繰り返しであり、それを推奨しサポートするリーダーがいる組織。それがVillarreal CFというクラブです」

 


講演を通じて一貫していたことは、Villarreal式育成が「結果を出させる技術や命令・指導」から「個人の成長を支援する営み」へと捉え直す視点であり、「その変革に向き合うリーダー・指導者層のたゆまぬ努力を継続する」ということ。短期的な成果が特に求められるフットボール界において、選手の10年先、その先の将来までの人間的成長を見据えたVillarreal CFの取組みは稀有なものであり、胸を打たれる。

このカンファレンスと並行して行われたMVV Maastricht Cupの表彰式で、Villarreal CF式育成の神髄を垣間見る機会があった。トーナメント決勝で、Villarreal CFはFC Royal Antwerpに敗れ準優勝に終わる。しかし、その表彰式では、Villarreal CFの選手達がFC Royal Antwerpの選手達を称えるためにGuard of Honor(整列し花道を作り拍手を送ること)を自ら率先して行った。そして佐伯氏ら指導者は、そうした選手たちの姿を少し離れたところから暖かい眼差しで見守り、戻ってきた選手を改めてリスペクトと共に拍手で迎える―――。そこだけを見れば、大会中に起きた心温まる場面に留まるかも知れない。しかし、講演を聞いた後では、この光景が決して思い付きの産物ではないことに気づかされる。Villarreal CFが10年以上にわたり貫いてきた育成への姿勢と不断の取組み。その積み重ねが、こうして具現化しているのだ、と。

表彰授与に向かうFC Royal Antwerpを、Guard of Honorで讃えるVillarreal CFの選手たち

 

日本では、あからさまなハラスメントの数は減りつつあると感じる。しかし、組織文化の根底にはピューニティブ(懲罰的)な形での指導・対話が根付いていると思わされることはいまだに多く、減点主義・懲罰主義が我々を縛っていないだろうか。「どうヒューマナイズするか?」という問いに向き合い、一人ひとりが自身の無意識と権威を問い直すことが、可能性を大きく広げる出発点になる。そう強く認識させられる講演であった。


佐伯夕利子氏プロフィール

ビジャレアルCF フットボールマネジメント部。元Jリーグ常勤理事。1973年、父親の駐在先であるイラン・テヘラン生まれ。小学校時代を福岡県で過ごし、その後父親の転勤に伴い台湾・スペインと転居する。
スペインサッカー協会公認NIVEL 1、NIVEL 2を取得し、指導者としてキャリアをスタート。2003年にはスペイン男子3部リーグでアジア人初・女性初の監督に就任し、その後アトレティコ・マドリード、バレンシア、ビジャレアルCFで要職を歴任。2018年にJリーグ特任理事、2020年に同常勤理事に就任。日本のスポーツ現場におけるハラスメント防止にも取り組み、スポーツハラスメントゼロ協会の設立に参画。現在はJOCや企業の要職を兼任しながら、国内外のスポーツ振興とスポーツハラスメント防止に取り組んでいる。

 


次回、第3回はJリーグパートナーシップ企画部長、竹田英司氏による講演「Jリーグの成長戦略と現在地:企業の皆様に期待すること」の内容をお送りします。こちらもぜひ楽しみにお待ちください。