
執筆者:保坂 琉介(出島フットボール インターン)
記事:2026年10月10日
この記事は、コラム『欧州サッカーの現在地』として、UEFA(欧州サッカー連盟)の公式レポートを読み解く連載です。前回に引き続き、”The European Club Talent and Competition Landscape 2024/25″の内容を取り上げています。第2回となる今回は、過去最高の91億ユーロが動いた2024/25シーズンの「移籍トレンド」に迫ります。
(参照記事:J1と同水準の国は?ドイツ2部は平均3万人超え…欧州サッカー「2.4億人の観客動員」のリアル【欧州サッカーの現在地 #1】)
目次
2. 移籍トレンド
2-1. 市場の全体像
2-2. 資金と選手の流動パターン
2-3. 各国クラブの移籍支出、移籍収入
2-4. 移籍数、価格、年齢の分析
2. 移籍トレンド
第2回は移籍トレンドを取り上げます。2025年夏の移籍ウィンドウは、大規模な外部資本の流入とクラブ最高益を背景に、巨額投資が相次ぐ記録的な市場となりました。コロナ禍以降の回復傾向は2025年も継続しており、特にイングランドのクラブが市場での存在感を一層強めています。
本章では市場の速報値を分析し、資金や選手の主な流動傾向を明らかにします。なお、分析にあたっては、市場の活性化や抑制に作用した以下の要因を念頭に置いておくとよいでしょう。
- 夏季の大型代表戦トーナメントが開催されなかった(活性化)
- FIFAクラブW杯向け特例移籍ウィンドウの開設(活性化)
- 新サイクル開始に伴うプレミアリーグ放映権料の増加(活性化)
- 外部資本による継続的な資金流入(活性化)
- 国内財務規則および国際レンタル移籍規制(活性化・抑制の双方)
また、為替換算の参考として、2025年夏の移籍ウィンドウ(6月上旬〜9月上旬)における平均為替レート(1ユーロ=172円前後)を基準として換算した、以下の数値をご参照ください。
€1m(100万ユーロ)= 約1億7,200万円
€10m(1,000万ユーロ)= 約17億2,000万円
€100m(1億ユーロ)= 約172億円
€1bn(10億ユーロ)= 約1,720億円
2-1. 市場の全体像
– 2025年夏、欧州クラブの移籍支出総額は史上最高を更新
2025年夏の移籍市場において、欧州クラブの移籍支出総額は91億ユーロ(前年比33%増)に達し、これまでの最高記録であった2023年夏の水準を大きく塗り替えました。

夏市場における移籍支出総額(単位:10億ユーロ)および前年比の増減率
また、移籍収入総額は93億ユーロ(前年比31%増)で、こちらも同じく2023年夏の記録を上回っています。

夏市場における移籍収入総額(単位:10億ユーロ)および前年比の増減率
– 国際大会の空白が移籍市場を加速、ただFIFAクラブW杯に向けた特例ウィンドウの効果は限定的
過去40年のデータによると、男子のユーロやW杯が開催される「偶数年」は、取引額が約8%程度低下する傾向があります。これは、大会開催により移籍交渉の開始が遅れ、その後に連鎖する玉突き移籍をまとめる時間が短くなるためです。「奇数年」となった2025年夏はこの傾向を反映し、過去最高額を更新しました。
2025年7月1日の移籍市場開幕日における支出額は23億ユーロに達し、ユーロ2024開催の抵抗を受けた昨夏を7億5,000万ユーロ上回りました。ただ、FIFAクラブW杯向けの特例ウィンドウで出場クラブが約4億ユーロを費やす下支えがあったものの、2019年の開幕日過去最高記録には2億ユーロ届きませんでした。

夏市場における移籍支出の累計推移
市場開幕日に多額の支出がなされた2019年と2025年はいずれも、「プレミアリーグ放映権料の新サイクル開始を控えていた」という点で共通しています。さらに2019年は、イングランドの移籍ウィンドウが通常より3週間早く閉幕する規定となっていたため、移籍期間の初期で交渉をまとめる強力なインセンティブが働いていました。

夏市場における移籍発生タイミング
2-2. 資金と選手の流動パターン
– 主要な移籍フローが浮き彫りにする、イングランドの圧倒的な支配力
続いて、2025年夏における移籍フローに着目します。下記グラフをみると、移籍金上位10ルートのうち実に7ルートにイングランド市場が絡んでいることが分かります。前年からの最も顕著な変化はドイツからイングランドへの選手輸出であり、その取引規模は4倍以上に急拡大しました。また、フランス、ドイツ、スペインの各市場においては、イングランドへの輸出額が国内クラブ間の取引総額を上回る結果となっています。

2025年夏における移籍金上位10ルート
2025年夏の市場において、全世界の移籍取引のうち欧州クラブが関与した割合は金額ベースで96%に達し、そのうちイングランド単体だけでも48%を占めました。欧州中心の世界市場の中でも、イングランドのクラブは圧倒的な支配力を一段と強めています。
– 主要国では軒並み市場規模が拡大
移籍活動の規模を測る指標として支出額と収入額の合計値をみると、プレミアリーグが世界全体の約3分の1、欧州5大リーグ全体では70%を占めています。

世界全体の移籍活動額(支出額と収入額の合計値)に占める各国の割合
また、欧州の上位20か国のうち5大リーグを含めた19か国が前年比で成長しており、欧州市場全体の拡大傾向が確認できます。唯一の例外はロシアでした。

2025年夏の移籍活動額上位20か国と前年比成長率(暫定値)
– 選手売却で70億ユーロ以上の利益を創出
各クラブは他クラブへの選手売却を通じて利益を生み出しています。UEFAインテリジェンス・センターは、報告された「売却移籍金」から、獲得コストと契約の残存割合を乗じた「未償却残高」を差し引いて「推計純利益」を算出しました。
その結果、2025年夏の選手売却による推計純利益の総額は71億ユーロに達しました。そのうち27億ユーロが自クラブ育成選手によるものです。また、推計の平均利益率は80%で、その内訳は自クラブ育成選手が100%、他クラブからの獲得選手が71%となっています。

選手売却による純利益算出
では、どのポジションに投資するのが最も収益性が高いのでしょうか。2025年夏、自クラブ育成選手を除いて考えると、獲得時と売却時の移籍金の値上がり幅が大きかったポジションは、サイドバック(+64%)と、攻撃的・ワイドミッドフィルダー(+63%)でした。一方、この値が最も小さかったのはゴールキーパ(+0%)であり、彼らに支払われた移籍金は当初の獲得コストと同額にとどまっています。

ポジション別の売却動向および収益性(売却移籍金総額、自クラブ育成選手の割合、平均利益率、育成選手を除く獲得・売却時の移籍金比)
– 選手の獲得元・売却先にはリーグの特色が表れる
欧州5大リーグ内/間で行われる取引の構造自体は、過去10年間にわたり比較的安定しています。その一方で、世界全体の移籍支出総額に占めるこの5カ国の割合は、近年緩やかな減少傾向にあります。
2025年夏において、世界全体の移籍支出のうちクロスボーダー移籍(国境を越えた移籍)が占める割合は70%でした。これは、過去最高の2023年夏と同水準であり、ここ10年で10%近く上昇しています。

世界全体の移籍金支出に占める欧州5大リーグのシェア推移
選手の獲得元や売却先の地域分布には、国によって顕著な違いがみられます。5大リーグに絞って見ると、イングランドとイタリア、あるいはドイツとフランスの間にはそれぞれ比較的似た傾向があると言えるでしょう。特筆すべきはポルトガルであり、獲得と売却のいずれも、その98%がクロスボーダー移籍で占められています。

獲得元(上)および売却先(下)の金額ベース国別内訳
2-3. 各国クラブの移籍支出、移籍収入
– 移籍支出の3分の2が、同一ウィンドウ内の売却によって回収
2025年夏の推定支出総額が1億ユーロに達したクラブのうち、約半数をイングランドのクラブが占めています。一方で、非イングランドのクラブにおいても、1億ユーロを支出したクラブ数は前年の7クラブから16クラブへと大幅に増加しました。

移籍支出総額の規模別クラブ数
移籍支出の上位10クラブによる合計は27億ユーロに達しました。これは前年の1.5倍の値であり、過去最高だった2023年夏を僅かに2%更新しました。この上位10クラブのうち、9クラブをイングランドのクラブが占めています。唯一の例外となったドイツのバイエル・レバークーゼンは、スカッドの大型刷新を進めつつ売却益を再投資に回し、最終的に移籍収支の黒字化を達成しています。市場全体を見れば、総支出103億ユーロのうち66%にあたる68億ユーロが同一ウィンドウ内で回収されています。

移籍支出総額上位10クラブとその移籍収支
– 移籍収入が1億ユーロに達したクラブ数が2倍に増加
2025年夏の推定収入総額が1億ユーロ以上に達したクラブの数は、前年の12クラブから23クラブへと大幅に増加しました。市場全体をみると、計69クラブが2,500万ユーロ以上の移籍収入を報告しており、その中には2部リーグに所属する8つのクラブも含まれています。

移籍収入総額の規模別クラブ数
移籍収入の上位10クラブによる合計は20億ユーロ弱に達しました。これは前年比39%の増加で、過去最高記録を4%上回る数字であり、欧州全体の21%に相当します。この上位10クラブのうち、7クラブをイングランドが占めています。先の支出ランキングと併せると、イングランドのクラブが移籍市場において圧倒的な規模感で選手編成を行っていることが分かります。

移籍収入総額上位10クラブとその移籍収支
– 活発な動きを見せる、リーグ王者と昇格組
続いては、リーグ順位と支出の関係についての分析です。下記グラフは、2024/25シーズンを何位で終えたチームが、続く2025年夏の移籍ウィンドウでいくら使ったかを示しています。
目立つのはプレミアリーグクラブの圧倒的な購買力で、各順位において他5大リーグの合計額に比肩するか、あるいは上回る程の水準です。この傾向は順位表の下位で顕著となり、プレミアリーグ残留がもたらす莫大な財務価値が、クラブに巨額補強を促す極めて強力なインセンティブとなっています。
また、2024/25シーズンを制した54のリーグ王者は、その地位を固めるべく総額13億ユーロ弱の移籍支出を行ったと推計されています。さらにリーグ戦を2位で終えたチームも、総額12億ユーロにのぼる積極投資を行いました。

2024/25シーズン終了時のリーグ順位と2025年夏の移籍支出の関係
2024/25シーズン終了後に1部昇格を果たしたクラブによる夏ウィンドウの支出総額は、過去最高となる6億ユーロ超と推計されています。この額に占めるイングランドのクラブの割合は、過去6年間は57%から67%の範囲で推移していましたが、2025年夏には推計70%へと上昇しました。

1部昇格クラブによる夏ウィンドウの移籍支出総額の推移(単位:百万ユーロ)
また、MCO(マルチ・クラブ・オーナーシップ)グループ内の移籍はたびたび議論の的になる一方、2025年夏の移籍件数・移籍金総額はともに減少し、その規模は1,000万ユーロに満たない水準でした。グループ内では完全移籍よりレンタル移籍が一般的で、その目的はほぼ例外なく若手育成です。グループ内でレンタル移籍した選手の推定市場価値総額は9,000万ユーロ程度で、レンタル移籍市場全体で40億ユーロを超える中、その占める割合はごく僅かです。
2-4. 移籍数、価格、年齢の分析
– 選手獲得数は前年比で微増
移籍金の総額には大幅なインフレが見られますが、選手層の入れ替わり(育成組織からの昇格を除く)自体は比較的安定しており、前年比で3.4%の微増にとどまりました。2025年夏、各国1部クラブは平均して9.3人の選手を獲得しています。

移籍支出総額の上位20リーグにおける、1クラブあたり平均獲得選手数
ドイツ1部のクラブは今夏も再び選手の入れ替えの少ない安定した編成を行い、平均獲得選手数は7.6人でした。一方、イタリア1部のクラブは10.6人、ポルトガル1部のクラブは12.2人の新戦力を獲得しています。また、2部リーグは1部リーグに比べて選手層の入れ替えが激しい傾向にあり、平均獲得選手数は1部リーグより30%も多くなっています。
– 主要な移籍市場で移籍金が上昇
プレミアリーグにおける新加入選手1人あたりの平均移籍金は、前年から42%も増加し、過去最高となる2,220万ユーロに達しました。さらに、レンタル移籍、契約満了選手、およびフリーエージェントを分析から除外し、「移籍金が発生した完全移籍」のみに絞り込んだ場合、この平均単価は2,790万ユーロまで跳ね上がります。

移籍支出総額の上位20リーグにおける、新加入選手1人あたりの平均移籍金
移籍支出の上位20リーグに対象を広げると、平均移籍金は昨夏比で32%上昇しました。前述のイングランドを除外して算出した場合でも昨夏を23%上回っており、同20リーグのうち16リーグで平均移籍金が上昇するなど、主要リーグでは軒並み移籍金の高騰が進んでいます。
– 移籍投資の大部分は若い才能へ投下される
移籍金には、新加入選手がチームにもたらす「起用価値」と将来的な選手売却による「資産価値」の双方が反映されます。2025年夏の市場では、投資総額の9%が10代の選手に、55%が23歳以下の選手に対して投じられました。また、史上初めて、欧州5大リーグのすべてにおいて、移籍予算の半分以上が23歳以下の選手獲得へ充てられました。

夏市場の移籍支出総額における、23歳以下選手の割合(上)および10代選手の割合(下)
特に、5大リーグへの所謂「ステップアップリーグ」の育成/投資型クラブは、予算を若い選手(23歳以下)の獲得に集中させています。例えば、その割合はウクライナで91%、オーストリアで77%、スコットランドとスウェーデンで75%、オランダで64%です。対照的に、ロシア(15%)やトルコ(21%)、ならびに移籍支出の世界上位20か国に入っている非欧州7か国では、若手への投資は一部にとどまっています。

移籍支出総額の世界上位20か国における、年齢別の支出構成
次回は、#3「選手・監督起用」をお届けします。




