ヨーロッパサッカーと日本サッカー

日本女子代表の2011年W杯優勝、日本男子代表のカタールW杯グループステージにおけるスペイン戦、ドイツ戦での勝利、2026年北米W杯への世界最速での出場決定、に象徴されるように、現在までに日本フットボールは世界に比肩する水準まで成長を続けてきました。現在多くの日本人選手が欧州でプレーするのが当たり前となり、一部のトップ選手は欧州5大リーグのトップクラブでプレーしています。選手の競争力の向上は、JFAが掲げる「2050年までにW杯で日本男子フットボールが優勝する」という夢に、多くの日本人が共感し挑戦を積み重ね続けてきた歩みと歴史によるものです。

一方で、スポーツビジネスの観点から見た時に、日本フットボールは欧州から学ぶ姿勢を取り続けてきました。しかし近年、日本フットボールと欧州との距離を見直す必要があるように考えています。現在の日本フットボールビジネス、特にクラブ経営という観点から見ても、欧州マーケットと日本の差は小さくなっており、欧州を舞台に、プレーヤー、フットボールビジネスの双方両面において、日本から欧州で闘い挑戦することができる舞台が整いつつあるのです。

 

目次:

  1. リーグ収益規模の比較
  2. スタジアム観客動員の比較
  3. 移籍金収益力の比較
  4. 海外でプレーする日本人選手の増加
  5. クラブ投資の流動化
  6. まとめ

 

1. リーグ収益規模の比較

UEFA所属の1部リーグとJ1リーグの収益規模を比較してみます。

The European Club Finance and Investment Landscape 2023

(UEFA Report: The European Club Finance and Investment Landscape 2023)

UEFA各国の1部リーグのクラブ総収益規模において、Top5となるのは5大リーグと言われるイギリス、スペイン、ドイツ、フランスです。次に来るのが、意外にもロシアで、そのあとに、オランダ、ポルトガル、トルコ、ベルギーと続く国々がTop10となります。

これらの経済規模はUEFAのリーグ競争力ランキングとも相関関係を有しています。

UEFA rankings 23-24

(UEFA rankings 23/24)

ロシア以外の国々は、1部リーグ収益規模のTop10とほぼ同じ顔ぶれであることがわかります。つまり、単純に比較すれば、1部リーグの収益規模の大きさでリーグ競争力も図れることが示唆されています。

Deloitteの発表するJリーグ マネジメントカップ2023によると、J1リーグの2023年度総クラブ収入は961億円 ≒ 640EUR (≒150円/€ 2023年)となります。この数字とUEFAのリーグ総収益を単純比較すると、J1リーグのクラブ総収入は上位7番目にくる大きさであることがわかります。J1リーグの現在の収益規模はUEFAの5大リーグに次ぐ位置に来ており、収益規模とリーグ競争力の相関関係を考えれば、フットボール強豪国で知られるオランダ・ベルギー・ポルトガルとリーグ競争力も比肩するレベルであるとも言えます。ここから考えると、オランダ(629M€)、ポルトガル(557M€)、トルコ(533M€)、ベルギー(494M€)がJリーグと比較するベンチマーク国とするのが適当であると仮定させていただき、以下に続く各考察でもこの国々をベンチマークとしておかせてもらいます。

2. スタジアム観客動員の比較

次に、スタジアム観客動員数を見てみましょう。

The European Club Talent and Competition Landscape report 2024

(The European Club Talent and Competition Landscape report 2024)

2023/24シーズンにおける1部リーグ、下位リーグ、国内カップ戦、UEFA国際大会における総観客動員数を調査したUEFAのレポートを見てみましょう。観客動員数においても5大リーグがTop5を占めていますが、Top15の観客動員数を見てみても、いずれの国もフットボール強豪国として知られる国々です。

J League Season Review 2024

(J League Season Review 2024)

Jリーグを見てみます。Jリーグの2024年度のJ3~J1までの総観客動員数1,254万人です。この数字を上記のUEFAの観客動員数と比べると、ヨーロッパ上位6番目に入る規模であることがわかります。

また、観客動員の絶対数で比較すると、国の規模や人口が考慮されていないため横比較に向きません。そこで各国の人口を考慮した”単純延べ観客動員率”により、各国々の人口に対してどれくらい人々の関心がフットボールにあるのかを横比較していきましょう。5大リーグのイギリス(79%)、ドイツ(36.7%)、スペイン(45.9%)、イタリア(36.4%)、フランス(21.8%)は人口規模も大きい国々でもありながら高い延べ観客動員数率があります。ベンチマークとした国を見てみると、オランダ(52.6%)、ポルトガル(49.5%)、トルコ(7.4%)、ベルギー(36.2%)も、トルコ以外では高い動員率があります。一方、Jリーグの場合、延べ観客動員率は10.1%にとどまります。

ここから言えることは、なんでしょうか。

欧州のトップ層と比べ、Jリーグの絶対数での観客動員数は5大リーグに次ぐ規模まで成長しており、その点において日本のフットボール人気は欧州と遜色はないレベルであると考えられます。

一方で、人口全体で見た時の延べ観客動員率は10%にとどまっていることから、日本国内におけるフットボール観戦市場は、プロ化30年による成長をしてもなお、まだまだ伸びしろがあるということも言えるのではないでしょうか。5大リーグに肉薄し、欧州に見られる”フットボール文化が国に根付いている”というためには人口に占めるフットボール観戦者数をもっと増加させていく必要があり、またそのポテンシャルも持っていることが改めて示唆されています。

3. 移籍金収益力の比較

次に、ニュースでよく話題に上る「移籍金」について見てみましょう。

FIFA Global Transfer Report 2023

(FIFA Global Transfer Report 2023)

FIFAが発表している移籍市場のレポート2023によると、最も移籍に資金を投じたのはイングランドで2,956.6MEUR(≒4,435億円 150円/€)、最も移籍金を得たのはドイツで1,209.5MEUR(≒1,814億円 150円/€)、となっています。

ベンチマーク3か国のオランダ (in 529.5 EUR ≒ 794億円 / out 318.6 EUR ≒ 472億円)、ベルギー (in 355.4 EUR ≒ 533億円 / out 241.5 EUR ≒ 362億円)、ポルトガル (in 522.3 EUR ≒ 783億円 / out 269.3 EUR ≒ 404億円)はそれぞれ移籍金で大きな収益を上げていることもレポートから読み取れます。

Jリーグは2024年度から移籍金収支に関して初めて公表するようになりました。「2024年度 クラブ経営情報開示資料」によれば、移籍補償金等収入101億円(国外43億円、国内58億円)、移籍関連費用108億円(国外56億円、国内52億円)となっており、その取引高は欧州トップリーグ、ベンチマーク国からは大きく乖離していることがわかります。以前から、日本の移籍金収益力について議論されてきましたが、数字として見た時にその課題感がより浮き彫りとなるのがわかります。

4. 海外でプレーする日本人選手の増加

近年、海外でプレーする日本人選手の数は増加し続けています。2022年のFootball Zoneの記事によれば、海外でプレーする日本人の数は165人にも上り、この数は、世界全体で23位の位置にあり、アジアではトップの数字です。

CIES football observatoryのレポートGlobal study of football expatriates (2017-2023)によれば、2017年から海外でプレーする日本人は63人増加し、その増加率は60%にもなっています。この増加率は世界で上位17位に入る成長率です。

Global study of football expatriates

この動きからわかることは、日本人選手が海外でプレーする需要が高まっていることと、選手側にもより海外でプレーする意識が年々高まっていることが読み取れます。

海外トップリーグへの移籍やビッククラブでプレーする選手が注目されがちではありますが、それ以外でも海外でフットボール選手として活躍する日本人選手は多く存在し、また海外でプレーすることがより身近になってきているのです。

5. クラブ投資の流動化

欧州ではクラブオーナーの変更やクラブ買収の話がニュース・新聞をよく賑わせています。実際に数字で見ると、欧州ではクラブ資本が流動的に動いていることがよくわかります。

CLUB OWNERSHIP IN EUROPEAN FOOTBALL

(CLUB OWNERSHIP IN EUROPEAN FOOTBALL)

CIES Sports Interigenceのレポートによれば、2019年から2023年までに海外投資家が1部・2部リーグクラブを買収した数は、合計で128件にも上ります。国別で見た時には、Top5リーグに属するイギリス、フランス、スペイン、イタリアでの動きが活発でした。

Multi club ownership

この動きは所謂”マルチクラブオーナーシップ(MCO)”という動きとも一致しています。MCOは一つのオーナーの傘下に複数のサッカークラブが資本関係を持つもので、UEA資本がマンチェスター・シティの買収を象徴とする2010年代から、フットボール市場のトレンドとなりました。CIES Sports Interigenceのレポートによれば、2010年から2024年までにMCO傘下となったクラブは360以上と試算され、そのうち235クラブは欧州クラブであると言われています。

世界のフットボールクラブのオーナーシップは近年ダイナミックな動きを見せてきましたが、日本フットボール市場もこの動きに追随するようになってきています。

日本サッカーの資本流動化

シティ・グループが横浜Fマリノスの一部株式を取得し、シティ・グループの一員となったことは記憶に新しいかもしれません。2025年にはついにMCOの2大巨頭であるRed Bullグループが大宮アルディージャの100%株式を取得したことで、本格的に日本フットボール市場にも外資がはいってくることになりました。

一方で、海外へ進出する日本資本も増えてきています。DMM.comのSTVVが先駆的な役割を果たしたところから、ポルトガル2部のオリヴィエンセは横浜FCのであるONODERA Groupの傘下となり、2025年にはセレッソ大阪のオーナーであるYANMARがオランダ2部のアルメレシティの買収を発表しました。

MVV Maastricht Football HUBを主宰する出島フットボールがMVVマーストリヒトの共同オーナーとなったことも、日本フットボールの海外進出ならびに資本流動化の流れが進んでいることを象徴するものとなっています。

6. まとめ

ここでご紹介したデータや事実を基に、最後にまとめていきましょう。

  1. リーグ収益規模において、日本は欧州Top5に次ぐ競争力を獲得している
  2. スタジアム観客動員において、日本は欧州Top5に次ぐ規模へと成長しつつも、国内のサッカー人気を伸ばす伸びしろがまだまだ存在する
  3. 移籍金収益力は、日本フットボールの次の成長領域である
  4. 現在、日本人選手のクオリティは海外でも認められ、海外でプレーすることは普通の時代になっている
  5. 欧州のクラブ資本は流動化が進み、日本マーケット並びに日本資本の流動化も高まり始めている

日本フットボールがプロ化してから30年以上が経過し、フットボールのトップとなった欧州の国々に対して、競技力だけでなくビジネス面でもキャッチアップが進んできていることがわかります。欧州は日本から距離が離れている遠い土地ではあるものの、フットボールにおいては以前よりもむしろより近い存在になりつつあると言えるのではないでしょうか。これは、欧州フットボールから「学ぶ」「見上げる」段階から既に脱却していることを意味しているのかもしれません。

日本フットボールがより進化し、「日本男子代表がW杯で優勝する」ためには、今後さらに欧州と日本の距離を縮めて行くことが必要になっていくでしょう。現在の日本では早くから若い世代が海外を意識し海外志向を持つようになってきており、今後もその動きは加速していくことが予想されます。この機運をチャンスと捉えて、欧州で経験を積む機会をより広範に広げていくことができれば、日本フットボールは更なる成長を積み重ねていくことができるのではないでしょうか。

記事:2025年10月15日