執筆者：鳴島守羽
所属：北海道教育大学岩見沢校スポーツ産業研究室3年

【前編】ヨーロッパ主要リーグとエールディヴィジ

　２０２５年４月２日、日本人の利重孝夫氏が代表取締役を務める出島フットボールはMVVマーストリヒトの株式を取得し共同オーナーとなったことを発表しました(*1)。クラブ経営の健全化や国際的なビジネス創出、未来のフットボール人材育成をヴィジョンに掲げ、長年にわたり日本・ヨーロッパのフットボールビジネスに携わってきた飯塚晃央氏がオランダ執行責任者としてプロジェクトを推進しています。

　その人材育成プロジェクトの中心となるのは、私たち国立北海道教育大学岩見沢校スポーツ産業研究室との産学連携です。オランダのプロフットボールクラブの共同オーナーであるからこそできる実際のクラブ経営・スポーツビジネスの現場を題材にした「リアル」な学びを得ることができます。具体的には、

マーケティングリサーチ・分析
本格的なOJTプログラム
MVV Maastrichtを教材にした卒業論文執筆、プロジェクト研究
遠隔インターンシップの実施

を中心に研究室と連携した教育プログラムを実施していきます。更には、研究成果をMVV マーストリヒト現地にて英語で発表する機会や、実地での欧州スポーツビジネスを体験する欧州実地研修も計画しています。初年度である今年は、①オランダリーグ全体の動向、②特徴的なクラブの事例、③日本を含む世界のスポーツマーケティング事例、といった3つの分析を中心に行います。我々学生はフットボールクラブ経営の一部を体験する機会を得る一方、MVVマーストリヒトは学生の協力を通じてマーケティング分析や大学生ならではの若いフレッシュな感性をビジネスに活かすことができる、大学・クラブ双方にとってメリットのある産学連携です。

今回この産学連携の一環として、研究室生が自らの研究成果の発表を行う場となるMVV Maastricht Football HUBでの記事執筆を開始いたします。

(*1)参照：出島フットボールオランダ2部MVVマーストリヒト共同オーナーに | Deshima Football Consultancy B.V.のプレスリリース

【前編】目次：
ヨーロッパ主要リーグの市場成長率
オランダサッカーの国際的な位置づけ
エールディヴィジの構造
前編まとめ

１.ヨーロッパ主要リーグの市場成長率

1.1 収益と観客数の関係

近年、ヨーロッパサッカーは人気を伸ばしており、transfermarktのデータによると20年前の04/05シーズンから五大リーグ（イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス）は全て観客数が増加しています。（*２）特にプレミアリーグ、セリエＡ、リーグ１は20％近く数値が伸びており注目度が年々上がっている状況です。（図１）は23/24シーズンのＵＥＦＡポイント（ＵＥＦＡ主催大会での結果に応じて分配されるポイント）と各国リーグの平均観客数、そして円の大きさでリーグ収益を表しています。（*３）観客数やUEFAポイントが高いリーグほど、収益を多く獲得しているという明確な傾向が導かれました。この事実は、欧州大会（チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ）で結果を残すには資金力が必要であることを示唆しています。したがって、資金が豊富な五大リーグがヨーロッパのサッカー界を牽引しているといえるでしょう。

（図1）

（*２）参照Transfermarct：https://www.transfermarkt.jp/　
（*３）参照UEFAcomAssociation club coefficients：https://www.uefa.com/

1.2 移籍金収支の比較

移籍金収支とはプラスになると「選手を売っている」、マイナスになると「選手を買っている」というものです。プレミアリーグが大幅なマイナスを記録し続けていて、五大リーグと言えど他のリーグとは隔絶した差がありました。（図２）ラリーガやセリエＡもプレミアリーグ同様、支出が多くはありましたが近年は減少しています。プレミアリーグの収支が2025年には−3000m€を超えていることからプレミアリーグの移籍市場での存在感が年々増していると考えられます。五大リーグ以外のリーグに焦点を当てたところ、エールディヴィジとプリメイラリーガは過去２０年間一度もマイナスになったことがありませんでした。選手を育てて売ることが経営の軸であり、（図３）からはプリメイラリーガはエールディビジよりもその傾向が強いことがグラフから見て取れます。

（図2）

（図3）

２.オランダサッカーの国際的な位置づけ

MVVマーストリヒトを擁するオランダは、2025年9月18日更新のＦＩＦＡランクで7位であり、W杯での優勝経験はないものの準優勝3回を誇る世界有数のサッカー強豪国です。ヨハン・クライフをはじめ数多くの名選手を生み出しました。そして選手たちのほとんどが国内プロリーグであるエールディヴィジ、エールステディヴィジを経由し世界に羽ばたいています。その証拠としてエールディビジの移籍金収支が過去20年間黒字を維持し続けたことが挙げられます。（図３）これはすなわち、オランダは常に世界へ選手を輩出し続けているということになります。1部リーグであるエールディビジの自国選手割合は約50%であり、オランダ人選手以外では隣国のベルギーやドイツ出身の選手が比較的多いことが特徴です。（図４）エールディヴィジは五大リーグを除くと圧倒的な集客力があり、ＵＥＦＡによると20年間で獲得したＵＥＦＡポイントはプリメイラリーガに次ぐ数字でした。人気、実力ともにヨーロッパ内でレベルの高いリーグであることが分かります。実際にサッカーに関する歴史や記録を扱う団体である国際サッカー歴史統計連盟（IFFHS）はエールディヴィジを世界で7番目にレベルの高いリーグであると2022年に発表しており、オランダは自国と近隣国のサッカー選手にとって五大リーグへのステップアップの場となっているのです。（*４）

（*４）参照IFFHS：https://share.google/ru2TcliyAdrX1fCg0

（図4）

３.エールディヴィジの構造

3.1 レギュレーションと規模

エールディヴィジは１８のクラブから構成される国内最高峰のリーグです。1位、2位クラブは次年度のＵＥＦＡチャンピオンズリーズをリーグフェーズから戦うことができ、他にも３位チームとカップ戦優勝クラブ、プレーオフ通過クラブもヨーロッパリーグやヨーロッパカンファレンスリーグに参加することができます。レギュラーシーズン終了後にヨーロッパへの切符と降格をかけた戦いがそれぞれ繰り広げられる仕組みです。（*５）

（図５）

（図６）は過去５年間（18/19〜23/24シーズン）エールディヴィジで戦ったクラブの勝ち点と観客数、円の大きさで売り上げの関係性を表したものです。ここでは観客数や売り上げが多いチームほど好成績を残す傾向が強いという、明確な正の相関が確認されました。図の右上に位置するアヤックス、フェイエノールト、ＰＳＶは毎年優勝争いを繰り広げているオランダのビッグクラブです。その3クラブに続く中堅層以下のクラブを私たちにとって身近なJ１リーグのクラブと比較すると（図７）の左下ではJ１を表すオレンジ色の点とエールディヴィジを表す赤色の点が入り混じる結果となりました。平均観客数と売り上げの数値が近いクラブもあることが示唆されリーグ全体を比較してもエールディヴィジの売上高1,267億円、平均観客数18,404人であるのに対し、Ｊ１はそれぞれ1,164億円、20,335人となり規模だけでいえばエールディヴィジはJ１リーグと同水準にあることが分かります。（*６）

（図６）

（図７）

（*５）参照　海外サッカー – オランダ大会概要 – スポーツナビ：https://share.google/lqoOm4YjGpkBW2CZ2
（*６）参照　売上高23/24シーズン各クラブの合計　Jリーグクラブ経営情報開示資料：https://share.google/gVLOINpBwHDUoFDF
平均観客数Transfermarct：https://www.transfermarkt.jp/

3.2 ビッククラブの成功要因

3.1節で述べた通り、エールディヴィジは規模においてJ1リーグと比較することができます。しかし、両者には当然ながら相違点も存在します。その一つが、「ビッグ3」と呼ばれるアヤックス、フェイエノールト、ＰＳＶの存在です。10/11シーズンから昨シーズンまで、この3クラブのいずれかが優勝を果たしているほど国内で人気、実力ともに突出しています。特にアヤックスは国内最多優勝や4度の欧州制覇を誇るオランダを代表するクラブであり、常に国内外での結果が求められています。（図８）では国内1の名門クラブであるため収容率が高く観客数がさほど変動せず安定したチケット収入があることが（図９）からも分かります。ただ売り上げに異常な伸びがあり、その要因が18/19シーズンの22年ぶりのチャンピオンズリーグベスト4進出による欧州大会収益の増加です。チャンピオンズリーグで好成績を残したシーズンに欧州大会からの収益の割合が増加し、その後減少はしましたが23/24シーズンでも大きな収入源となっています。エールディヴィジの上位に居続けるにはアヤックスのようにヨーロッパでも結果を出していく必要があるのです。そういった面がありながらも他リーグからの優秀な人材を引き抜かれることがあるというのが上位クラブの課題でもあります。

（図８）

（図９）

（*７）参照　アヤックス年次決算書：https://www.ajax.nl/club/jaarverslag

3.3 高給取りの日本人を獲得する理由

エールディヴィジでは25/26シーズン現在、アヤックス移籍を果たした板倉滉選手をはじめ上田綺世選手、佐野航大選手等８人の日本人が活躍しています。ベルギー、ドイツ、イングランドに続きヨーロッパで４番目に日本人選手が多いリーグです。リーグレベルと育成環境がJリーグからのステップアップの場として最適であることが要因として考えられます。オランダは自国および近隣国出身選手の育成に秀でている反面、欧州連合域外から移籍した選手には特別な最低給与基準が適用されるという制限があります。クラブはＥＵ国籍ではない選手に対し、規程の最低賃金を保証する必要があります。所属選手の国籍割合でオランダが過半数を占めているのは、そのようなルールによって自国選手の育成機会が守られていることが理由の一つです。（図３）過去５年間では１１人の日本人選手がオランダでプレーしましたが2部リーグであるエールステディヴィジに所属した選手は一人もいませんでした。日本人選手に給与を支払うためには、エールディヴィジレベルの給与水準が必要であることが分かります。（図１０）の最小値であるカンビュール（22/23シーズンにファンウェルメスケルケン際をPECズウォレから獲得）の事例からも、たとえフル代表歴がない日本人選手の獲得であっても相当な資金力が必要になります。近頃は海外クラブ所属でないと日本代表に呼ばれないと言われるほど日本のサッカーのレベルが上がったことで日本人の海外志向が強くなっている状況です。対してエールディヴィジのクラブはEU圏外の選手には先述したように高い給与を支払わなければならず両者の考えは一致しないように思われます。オランダ人を起用する方が安く済むからです。それでも高い給与を支払わなければならない日本人を獲得するのはなぜなのでしょうか。

（図１０）

参照　各クラブ年次決算書より

要因として挙げられるのは日本サッカー界の競技レベル向上です。五大リーグで活躍する日本人の影響でＪリーグが海外からの注目を浴び、次に移籍した選手が好成績を残すという好循環が生まれています。加えてNECナイメヘンのテクニカルダイレクターは日本人の獲得について「我々はエールディビジの選手を獲得することができない」と述べておりこの背景から、優秀なオランダ人選手が流出する中堅チームにとって、日本人が助っ人として重宝されていると推察されます。（*８）また給与制限によって高いクオリティを持った選手が足りていないのかもしれません。日本のＦＩＦＡランクは給与制限のないEU加盟国を除けば8位（2025年9月18日更新）であり南米勢と並ぶ強豪国です。助っ人という立場も頷けるでしょう。さらに、マーケティングの面も大きな要因です。日本人を獲得すればアジア全体で商業面や放映権において新しい市場を切り開くことができるという期待があります。高い給与を支払う費用を、競技面での結果とアジア市場からの収益という二つの面で回収できる可能性が、日本人選手獲得の鍵となっているのです。

（*８）参照　NEC・TDが日本人選手を狙い続ける理由と塩貝健人の加入経緯：https://share.google/x7e0Z6o2QKP7HIPt8

４.前編まとめ

前編ではヨーロッパの主要リーグからエールディビジの分析を行いました。五大リーグに次ぐリーグでありながらもJリーグとの共通点が確認できたことは、一つの発見です。特殊な給与事情がある一方で、同リーグがJリーグからステップアップするにあたって適応しやすい競技レベルであること、また上位への進出でUEFA大会への道が開かれていることから、海外移籍をしようとしている日本人選手にとって、挑戦する価値の高い場所であると感じます。

後編では、2部リーグであるエールステディヴィジの複雑なレギュレーションに焦点を当て、オランダサッカー全体を掘り下げていきます。

記事：2025年10月15日

執筆者：鳴島守羽
所属：北海道教育大学岩見沢校スポーツ産業研究室3年

写真左：鳴島守羽／写真中：飯塚晃央／写真右：小原一真

スポーツ産業研究室・准教授
福田拓哉

「スポーツビジネス戦略参謀本部」

Jリーグ、プロ野球、Bリーグでの実務経験と、大学での15年に及ぶ教育研究経験を併せ持つ北海道出身の経営学博士です。研究室では、各種経営数値や現地視察、現場担当者へのヒアリングなどからプロスポーツ組織の課題をあぶり出し、その解決や成長に向けた戦略を立案し、実行できる能力を身につけることを目的に学んでいます。国内外のプロスポーツを題材に経営学を学び、日本のプロスポーツをより成長させられる人材の育成を行います。

国立北海道教育大学岩見沢校：

国立北海道教育大学岩見沢校は、北海道岩見沢市に拠点を置き、国立北海道教育大学の教育学部に所属する「芸術・スポーツ文化学科」を中心とした教育を行っています。芸術・スポーツビジネス専攻では、「芸術・スポーツ文化」の価値を総合的に理解し、マネジメントや組織運営など、実践的な知識・能力を養い、社会や地域に還元できる人材育成を目指しています。スポーツビジネス研究・実践ともに豊富な経験を持つ福田拓哉准教授の協力の下、欧州スポーツビジネスを正に実践的に学ぶ教材としてMVV Maastricht Football HUBとの連携が実現しました。